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仙台高等裁判所 昭和29年(う)267号 判決 1954年7月13日

控訴人 被告人 佐藤睿質

弁護人 鈴木直二郎

検察官 馬屋原成男

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人鈴木直二郎の控訴趣意は記録中の同弁護人提出の控訴趣意書記載のとおりであるから之を引用する。

所論は要するに原判決が被告人に対し懲役六月の実刑を科しその刑の執行を猶予し得べきにも拘らず執行猶予の言渡しをしなかつたのは刑の量定重きに過ぎ失当であるというのであるが、記録中の前科調書及び札幌地方検察庁検事沢井勉より裁判官に宛てた裁判の執行状況に関する件回答と題する書面の記載によれば被告人は昭和二十一年十一月二十九日札幌地方裁判所において窃盗、贓物牙保罪により懲役一年(その後懲役九月七日に変更)罰金二百円の実刑に処せられ、昭和二十二年八月二十五日該判決は確定したがその執行を受けることなく昭和二十七年八月二十四日時効完成により結局右刑の執行の免除を得たものであることが認められる、故に被告人が右刑の執行の免除を得たのは昭和二十七年八月二十五日(正確にいうならば八月二十四日の満了と同時)であるから、被告人に対しては右昭和二十七年八月二十五日から五年を経過した後でなければ刑の執行猶予を言渡し得ないことは刑法第二十五条の解釈上明かなところである、右に反する所論の見解には賛同し難い、次いで原審の量刑の当否につき記録を精査し被告人の経歴、境遇、本件犯行の動機、態様、前科関係その他諸般の情状を綜合して考察すると原審が本件につき被告人に対し懲役六月(未決勾留二十日算入)の実刑を科したのは蓋し相当であつて刑の執行を猶予すべきものとは認められない、論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却すべきものとし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木禎次郎 裁判官 蓮見重治 裁判官 細野幸雄)

弁護人鈴木直二郎の控訴趣意

一、被告人に対して原審裁判所は懲役六月未決勾留日数二十日通算の判決を言渡した。右判決は左の理由によつて量刑不当と思料せられる。

(一)、罪となるべき事実は原判決摘示の通り昭和二十五年六月頃から同年十二月頃に至る間の詐欺、横領、窃盗事件である。勿論事実は被告人の認めている処であるがそれはそのような事柄があつたとのことであつて其の事柄が窃盗、詐欺、横領自体と見なされることには相当異論もあつたのである。然し何分にも古いごとであり被害を与えたことは事実であり、従つて全部弁償してしまつており、その後において各、窃盗詐欺、横領事件として取扱れることは実に困つたことであつた、立証の点から見て困難もあり止むを得ないことでもあつた、それで事実を認めたことになり、有罪の判決を言渡されることは当然である。問題は懲役刑に対する執行猶予の言渡のなかつた点にある。

(二)、被告人の本件犯罪は其の情状において刑の執行を猶予するに値するかどうかの点と、刑の執行を猶予すべきものと思料せられるも前科の関係上刑法第二五条第一項に該当し刑の執行猶予の言渡は出来ないものであるかどうかの点である。

二、原審判決摘示の犯罪について見るに其の犯情其の個数、被害状況に対して、被害填補犯罪後の被告人の改悛状態等から見る時、原審裁判所の他の裁判例と比較して見るとき刑の執行を猶予することは決して妥当を欠くものではないと信じる、そして原審裁判官も刑の執行を猶予することが相当との判断に到達したようであつた、之は判決後の訓戒でも明瞭であつた、

然し原審裁判官は被告人は昭和二十二年八月札幌高等裁判所において詐欺罪により懲役一年の刑が確定したが当時保釈出所中に行衛不明となり懲役刑の執行不能となつたものであり其のまま満五ケ年を経過して刑の時効完成したものであつてこのような場合は刑法第二五条第一項第一、二号に該当しないから刑の執行を猶予すべきものではないとの見解によつて実刑を科したのである、此のことは判決自体から推知し得ないのは甚だ残念であるが事実である。

三、然しながら本弁護人は見解を異にし此のような場合において刑の執行を猶予するも差支ないと思料するが故に左に詳述する。

先ず時効制度について論究せんに公訴の時効たると刑の時効たるとに論なく時効制度を設けた理由は民法のそれと全く同一である、其の主とする所は現在の永続した平穏な状態は其のまゝ持続せしめて之を攪乱せしめないことが平穏な社会を維持する所以であつて、之が刑罰制度本来の使命と合致するが為である、従つて本件の場合被告人が保釈中行衛不明となつて確定刑の執行不能となり其のまま法定期間経過したことは被告乃至被告の在住する社会にとつては平穏に過して来たのであつて、其のままの状態の継続することが時効制度の設けられた所以であつて、それだから其の効力を生かす為に時効の遡及効を認めたのであり、之は民法の時効には規定せられている(民法第一四四条第一項)、刑事訴訟法には特に遡及効の規定がないが之を否定した規定もないから時効制度の立法精神から見て当然其の効力あるものと思料せられる、従つて時効期間満了によつて刑の時効完成した場合は遡及して効力が生ずるから本件被告人の場合は刑の確定した翌日に時効の効力遡及し刑自体が消滅するものと解する、そこで刑法第二五条第一項第二号に規定する「前に禁錮以上の刑に処せられたることあるも其の執行を終り又は其の執行の免除を得たる日より五年以内に禁錮以上の刑に処せられたることなき者」に該当し刑の執行を猶予することが出来るものと信ずる、即ち時効の効力遡及するが故に刑の免除を得たる日は刑確定の翌日から起算して五年以内を算定するから本件は刑法第二五条第一項第二号により刑の執行猶予が出来るものと解すべきである。

四、以上陳述する処によつて明かであるが更に被告人の生活環境に留意せられたい。

被告人の両親は樺太にあり終戦によつて被告人の兵隊にあつて別れ離れていた、被告人は唯一人の子供であり復員した時は父は未だ引揚げていなかつた、そこで両親のいる樺太へ渡らうとして北海道に行つたが如何せん二十歳の若年者が蓄えとてなく且つ親戚知人のない地において終戦直後の混乱時代罪を犯すに至つたのは有り勝ちなことであつた、そして其の時の犯罪による刑の言渡でありその後十年近くも一人で過して来てどうにかやつて来たのであり、五年以上の間良心の苛責と追われる者の落着きのない生活は恐らく刑罰以上の苦痛であつたと思うのである、本人にとつての苦しみは懲役刑以上である、之以上に刑罰を科する必要はないと信ずる。勿論前刑は消滅して本件犯罪による懲役刑ではあるが実質的には前刑との関係においての実刑である。

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